5月例会

5月例会
於:京都・白雲荘


例会前の会報発送作業:毎回結構大変なのです。



【報告1】斎藤敏康(立命館大学)
  施蟄存とシュニッツラー
    『婦心三部曲』と『霧』『春陽』など


はじめに
(1)施蟄存とシュニッツラー
(2)関連する蟄存の創作と翻訳(シュニッツラーを中心に)
(3)「愛爾賽小姐」(令嬢エルゼ)
(4)「[田比]亜特麗思」(ベアーテ夫人とその息子)
(5)「倍爾達・迦蘭夫人」(ベルタ・ガルラン夫人)と「春陽」その他

(司会:宇野木洋)


【報告2】平坂仁志 「ある紅衛兵の日記を読む」


0.はじめに
1.筆者
2.日記帳本体
3.期間・時代背景
4.内容
5.思うこと、問題点など
6.結論 ???

(司会:宇野木洋)

中国文芸研究会6月例会記録 6月27日 於京都・白雲荘


@齋藤敏康「施蟄存とシュニッツラー 『婦心三部曲』と『霧』『春陽』など」

 シュニッツラー文学を多く翻訳した施蟄存であるが、その中でも特に、シュニッツラーの『ベルタ・ガルラン夫人』『ベアーテ夫人とその息子』『令嬢エルゼ』を『婦心三部曲』として訳した経験が、施蟄存自身の創作『霧』『春陽』にいかに影響し、反映されているか、についての報告がなされた。発表者は、『霧』は『ベアーテ夫人とその息子』と、そして、『春陽』は、『令嬢エルゼ』とではなく、むしろ今まで指摘されてこなかった『ベルタ・ガルラン夫人』と比較すべきとの立場から、それぞれの作品内容及び手法における類似(模倣)点を具体的に挙げると共に、現時点では保留の問題としながらも、「姦通」に対する西欧・キリスト教社会と中国・儒教社会においての倫理観・贖罪意識の差にも触れた。以上のような報告に対し、『春陽』『霧』以外にも施蟄存の歴史小説・心理小説の中にシュニッツラーとの類似がみられるのか、或いは、他の外国人作家の影響も考えられるのか、といった質問があった。また、比較文学としての方法論について指摘がなされ、発表者自身から、まず論じる素材をより明確に確定すべきとの認識が示された。更に、シュニッツラーの背景にある、世紀末のウィーンの退廃的なムードが、1920年代後半から1930年代の上海にも存在したのか、という問いに対して、発表者は、資本主義社会の拡大期にみる、自己喪失感・「疎外」感といったものが共通しているのでは、という見解を述べた。
 発表者は、将来的に、同じくシュニッツラーを多く翻訳した鴎外も視野に入れていきたいとしたが、西欧と中国、そして日本という、それぞれの近代社会において、「姦通」に対する倫理規範、そこから発せられる「罪」の意識に、いかなる共通点或いは相違点が見出し得るのか、文化論として、大変興味を覚えるテーマである。

A平坂仁志「ある紅衛兵の日記を読む」

 発表者が知人を介して入手した「紅衛兵日記」の内容について報告がなされた。不要品として回収された後、雲南省昆明のフリーマーケットで売りに出されていたというこの日記は、当時14,5才だった1人の少女が、文革後期にあたる1970年から1972年にかけて、断続的に書きつけていたものと思われる。
 毛語録が常に引用され、まさに毛沢東思想一色といってよい内容であることが、発表者の報告によって明らかになったが、当時、学校等で提出が強制されていた可能性も十分考えられ、必ずしも持ち主の少女の本心が吐露されたものとは言い難いという認識が発表者本人から示された。また発表者は、比較検証できるものがない限り、単なる資料の羅列に終わってしまうという問題点、更には、そもそもこの「紅衛兵日記」自体が真に信頼をおける、いわば“本物”か否か、といった疑問点を挙げた。
 以上のような報告に対し、日記に実際に記された持ち主の氏名や経歴、或いは、彼女が携わった社会活動や他の人物名などから事実確認が可能ではないか、そしてその裏付けによって、この日記が歴史的資料として位置づけられ得るのではないか、というアドバイスが与えられた。また同時に、当時の全体主義体制の凄まじさが想像以上のものであったとの感想やこうした過去の遺物が流出する経緯への興味も寄せられた。
 その他、「紅衛兵日記」という日記ではあるものの、持ち主自身が紅衛兵であったわけではないという指摘や、日記の解読に助言が加えられた。発表者も指摘したように、成人後に執筆された文革の回想録等は、とかく批判的になりがちであるのに対して、リアルタイムで書かれたと思われるこの少女の日記は、我々に当時の人と社会を鮮烈に伝える生々しい記録であるといえる。今後の調査・研究によって、客観性・信頼性がもたらされ、資料としての価値がより高められると共に、思わぬ新事実の発見といったものにも期待したい。資料のもつ無限の可能性と面白さを改めて感じさせられる報告であった。
 二次会は、河原町三条の「やぐら茶屋」で。 (まとめ:井上薫)

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